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「翼をください」とパッヘルベルの「カノン」~息子の授業参観レポ~ [たわごと]

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 先ほど三男&嫁Sと一緒に、息子の小学校の授業参観に行って来ましたので、そのレポ(笑)などを書きたいと思います。以下は「である」調で書きます。

【次男参観】:
 最初に小2の次男の教室に行ったところ、算数の授業をやっていて、「ノートの長さ」が自分の鉛筆や消しゴムの長さの「何個分か?」を各自で計って自己申告し、それを先生が黒板に書き出す、という内容であった。

 つまり、ノート/鉛筆(消しゴム)の長さの比率を各自で実測する(算数)、人(&親)前で発表する(対人慣れ)、さらには、各自の鉛筆や消しゴムの長さが違うので、同じノートであっても鉛筆(消しゴム)「何個分か?」は人(消耗度)によって違ってくることを実感させる(「多様化」の実感?)等を目的としており、ナカナカ考えられた授業だな(&私の頃はこんな公開授業はなかったよなぁ)、などと思った次第。

【長男参観】:
 次に、小5の長男の教室(音楽室)に行ったところ、音楽の授業として、前半が「翼をください(作詞:山上路夫、作曲:村井邦彦)」をみんなで歌ってアンケートを取る、後半がパッヘルベルのカノンをソプラノリコーダーで吹く、という内容だった。

 どちらも電子キーボード(Y社)で自動再生機能を使って(←つまり予め録音しておいた音源で)伴奏し、その再生音に合わせて生徒が歌う(orリコーダーを吹く)というもので、この「省エネモード」(別名:手抜きモード)には妻Sが「なんだかなぁ(がっかり)」的な感想を横で漏らしていたが、私的にはそれは大して気にならなかった、、、、やはり問題は音律&音程である!(笑)

 前半の「翼をください」は12ETの使用が「想定範囲内」の曲であろうこともあり、大きな違和感(不満感)が生じなかったが、やはり「カノン」の方は何とか(音程指導等)して欲しかった。カノンでの生徒のリコーダーの出だしの「ミ」の音は(大勢の生徒が「元気良く」入っていたが故に)余りに上ずっており、最初の1音で「あぁもぉ台無しだよこれ」感(笑)で一杯になってしまった(汗)。

 小学5年生段階での教育指導方針では(「正確な音程」のレベルを越えた)「良く協和する音程」の指導までは出来ないであろうことは容易に想像できるが、「低めに」とか「協和」とか「ハモル」とかの用語を使わなくても、「最初の(ミの)音は余り強く吹かないで」と一言注意するだけで良い(音程が相対的に低くなる)のに!! そもそも大体、「音程論」以前に、この曲の「曲想」からしてそうじゃん! 最初の「ミ」を元気良く鳴らすような曲想じゃないじゃん! ・・などと、この記事を書いている内に新たな不満感が次々に沸き上がって来るのであるが、要するに音楽教師は分かっていない(or「純正3度」経験が圧倒的に不足している)のであろう。12ETのキーボードを何の疑問もなく「デフォルト設定(初期値)のまま」伴奏に使っていたことからしても。

 ・・・などと(このブログのテーマに沿うよう(笑))、現代音楽社会の問題点について今回も(うだうだと)書いてみたが、音楽の授業そのものは非常に面白く興味深かったので、一応フォローしておきたい(笑)。
 何が良かったかというと、まず、「小学校5年生」の段階でパッヘルベルのカノンを演奏対象とすることが凄く良い、というか羨ましい(笑)、、、私の小学校の頃(というか学生時代)は、学校の授業でこの名曲を知る機会が全くなかったと思う(バロック音楽については、中学の音楽の授業(アナログレコードによる名曲鑑賞)で初めてヴィヴァルディやバッハを知ることができた・・そんな時代だった(しみじみw))。

 それと、前半の「翼をください」では、
 曲(1番のみ))を「4つの部分」(つまり、①ミソ~(今~) ②2回目のミソ~(この~) ③サビに突入するドレミミファミレ~(この大空に~) ④2回目のドレミミファミレ~(悲しみの無い~)の4つ)に分けさせること、
 分けた4つの内、「どの部分が一番好きか?」を生徒にアンケートを取り、「何故好きなのか?」を考えさせ、みんなの前で発表させること、
 それを踏まえて再度アンケートを取ること、
 の流れで授業をしていたのだが、これも凄く興味深かった。

 最初のアンケートでは、30数人中、一番好きな部分が①と答えた人はゼロ、②は2人、③が圧倒的に多くて、④は③の半分くらいだった。この③が圧倒的に多いのは自分の予想通りだった(自分も③が一番好きである)。次に、何故好きなのか?の回答として、②が好きと言った2人はいずれも「ここの部分の歌詞が好き」ということであり、④もそういう回答が多かったので「あぁなるほど」と納得した。
 一方で、④の回答者の中で「ここは曲のクライマックスだから」なる発言をした生徒がいて、その回答がされた時に教室の雰囲気が変わったように感じた。実際、再度のアンケートでは一番好きな部分に対する回答がガラっと変わり(①が数名、②が1回目とは別の2人、③は1回目の半分くらい、④が圧倒的多数)、この現象も非常に興味深かった。

  器楽「専」(笑)の私としては、どうも歌詞を除いた要素(メロディーや和声進行やリズムなど)で曲を評価してしまいがちな面があり、その視点からすると、この曲の「最大のクライマックス(盛り上がり部分)」は明らかに(サビに入る)③の部分であって、その繰り返しとなる④の部分は(2回目だし)余り頑張って歌わない部分ではないか、と思えるのだが、歌詞を検討してみると、③の歌詞は、「この大空に翼を広げ飛んで行きたい」という希望を述べている段階に過ぎないのに対して、④では「何故翼を広げ飛んで行きたいのか?」に対する理由(つまり、この世界が「悲しみに満ちた不自由な世界」であること)が述べられて(暗示されて)いる点で、確かに④はクライマックスと言えるなぁ(あの生徒凄いなぁ(笑))、などと納得している今時分である。

 ともあれ、音楽の授業は全体的にはとても良かったと思うし(音楽室に13弦の琴が5台あったこと、5線に挟まれた全音符「レファラドミ」について「サンドイッチ」と命名し、5線に貫かれた全音符につき「串団子」の命名のみならず「ミソシレファ」をミソシルハ(味噌汁は)と語呂合わせしていた絵が貼ってあったのも面白かった。)、あのような授業は私の頃は受けられなかったので、羨ましかった、というのが全体的な感想だった、、、ただ一点、「あとは音程(音律)だけ!」なんですよ、それさえ何とかしていただければ本当、言うこと無しなんですけどね(汗)。

追記:上記2曲はどちらも「ミ」で始まる曲であるが、(バロック時代(=12ET「論外」時代)の)「カノン」では最初のミを十分に、のびのびと歌わせるのに対して、12等分律の世界では「ミ」は十分に伸ばせない音になる(いわば経過音的な地位に格下げされてしまう)ため、「翼をください」でもそれを十分考慮して「ミ」音が扱われていることが分かる。
 分析例:前半はメロディーの中心が「ソ」音に置かれ、ミの使用が極力避けられていること、曲が盛り上がる(興奮を喚起する)後半部の前半でのみミを多用し(ドレミミファレ、レドドレドシ)、冷静さを取り戻す終結部ではミの使用が再び避けられていること(シソラ~ドラソードーレーーーレドシドーーー)など)。 
 
逆に言うと、「翼をください」は、12ETでも違和感が生じないようにするために、十分に熟考されて作られたメロディーなのであり、それが故に、「名曲」、「学校教育用の曲」としての地位をずっと保ち続けている、と評価することができる(のかもしれない)。 

余談:ソプラノリコーダーに関し、生徒の数人が妖しげなwパーツを付けていたのが興味深かった。後でネットで調べてみたら、そのようなパーツとしては、楽器に紐を付けて首から掛けられるようにするためのリコーダー「アダプタ」なるもの、指を固定しておくための「指止め」なるブツが存在するようだが、現地で見た一生徒のブツはそんな生やさしい(?)レベルではなく(笑)、リコーダーの左手用の指穴数個が山状に「盛り上がる」ように付けられていたもので、その異様さ?の余り、嫁Sに「あれは音程にこだわって付けているのかしら?」とさえ言わせしめたものである、、、余りに気になるので、授業参観後にその生徒の親に「あれは一体何なのか?」と質問メールを送っている次第(笑)。


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